ステップマザー(継母)入門

ドイツの子育て

こんにちは。
私は現在ドイツに住み、元シングルファザーのドイツ人夫とその子ども(私から見てステップソン)と暮らしています。彼らとステップファミリーになるべく渡独して、早1年が経ちました。

ステップファミリーになるにあたって、この1年間で色々な感情や考えを経ました。
これから日本でステップファミリーになる人、または、私のように海外移住して第二言語でステップファミリーを始める人の参考になればと思い、今感じていること、今日に至るまで感じたことや考えたことを書き記します。

今回は、この1年で感じたことに焦点を絞り3点にまとめてお伝えします。 ステップマザーとして日々思うことはたくさんあるので、今回お伝えしきれない部分はまた改めて記事にしようと思います。ちなみに、知ったような口を利いたタイトルをつけてしまいましたが、まだまだ未熟者です。

自分が心地良い環境を追求する

子どもというのは、常に異文化です。独身時代には考えられないストレスや手間が同居を開始したその日からずっと続きます。同居開始時、小学校1年生だったステップソン。同居を開始して3,4か月目くらいまでは、 ステップソン が脱ぎ散らかしたまま放っておかれている服や、食べた後にテーブルに放置されたままの食器、ごみ箱にちゃんと収まっていないごみなどが目についても「急に入ってきた私にいきなり色々言われたら嫌だろうな」「私が来る前までのライフスタイルを尊重しよう」と思って口出しをしないようにしていました。

けれど結局、いつも最初に気が付く私が片付ける羽目に。私の考えでは、小学校1年生は自分の身の回りのことに責任を持つことを学ぶべき年齢だと思っていたので「なんでいつまでも幼児みたいに身の回りのお世話しなきゃいけないの…」と不満が募っていきました。

不満が溜まった私はある日、我慢しきれず「”誰かの怠け”の後処理をするのは私の仕事じゃない!」と ステップソンと夫に言いました。
その日から、 ステップソンにも積極的に自分のことは自分でするよう声掛けをしています。夫曰く、 ステップソンのためにも自分のことは自分でさせようと考えてはいたものの、ずっとフルタイムの仕事をしながらシングルファザーとして生活していたため、大人がやった方が早いことも相まって ステップソンに家事の手伝いを促すことをしてこなかったそうです。

それまではどこか「二人で築いてきたライフスタイルを崩さないようにしなければ」と思っていた節がありました。しかし、私という第三者が入ってきた時点で二人のライフスタイルは既に変わっていますし、誰かの犠牲のうえに成り立つ家族の幸せなんてあり得ません。自分が暮らしやすいライフスタイルも積極的に伝えて、全員の着地点を見つけるようにしようと思えたきっかけでした。

子どもにイライラしても良い

小学校1年生くらいの子どもは確かに「天真爛漫で純粋」ですが、それは半分の顏です。残りの半分は、残酷だったり、ズルやいたずらをしたがったりして、大人や社会の「ここからはNG」のバランスを常に探っています。

ステップソンと仲良くなり、夫不在で二人で遊ぶ時間も増えた頃、自分の思い通りにならないと泣いたりする場面や、早く遊びたいからと私の仕事を中断させようとしてくる場面など、夫の前では見せない ステップソンの一面を見る機会が増えたと感じていました。

一緒に生活している父親(夫)が忙しい分、自分の承認欲求を満たしてくれる存在を求めているのかなと思い、できるだけ対応するようにしていたのですが、やはり「時間と心の余裕」には限界があります。当時私は語学学校に通いながら在宅勤務をしていたので、かなり心がすり減っていきました。

それでも、基本的にはとても物分かりが良く、素直な ステップソン。こんないい子に対してストレスを感じたり、イライラしてしまうなんて、自分はなんて未熟な大人なんだといつも自分を責めていました。

SNSで実の親の子育て話を見ては「この人たちは子どもが生まれたときから一緒だから、イライラしても許されるんだ、イライラをぶつけてもお互いに問題がないような信頼関係が築けているんだ、イライラを外に発信しても許されるんだ」と思っていました。そして「そうでない私は、適応して上手くやっていくしかない」と何故か思い込んでしまっていました。

ちょうどその頃にコロナの外出制限が重なり、私も ステップソンもずっと家にいることも相まって、お手洗いもゆっくり行けないほどに ステップソンの「構ってほしい!」攻撃が激化。

子どもの承認欲求は「一度満たせばしばらくそのままの状態でいられる」というものでは決してありません。 ステップソンとしては、最大限、可能な限り私の注意を引きたいので、私のNGラインのバーを引き上げるべく、毎日必死です。とめどない承認欲求と終わりの見えない自宅での閉鎖的な生活、それでも止まることはない仕事や語学レッスン、日々のタスクにどんどんエネルギーが削がれていきました。

たくさん気にかけて、いつも子どもの「見て!」に応えることは理想です。私もそれを実践しようと頑張りすぎていました。そのことに気が付いた時、最初に辞めたことは「自分のストレスを無視すること」でした。

「疲れる権利」や「ストレスを感じる権利」などと言うものはありません。誰だって、どんな状況だって、イライラしていいし、疲れを感じていいし、ストレスが溜まったと感じてよいのです。

既に頑張っているのに、そんな自分を無視して「イライラしちゃだめ」「疲れちゃだめ」と禁止事項を設けて追い打ちをかけることは、何も良いものを生み出しません。

自分とは違う個人(子ども)と生活していて、相手が譲らないならば疲れて当然だし、イライラして当然です。まずはそんな自分の感情を認めることで、落ち着く時間を確保したり、早めに寝てみたり、子どものいる友人とおしゃべりしてみたりするなど、対処法が浮かんでくるものです。自分の感情を認めることで、無視し続けて自分の中に溜め込まれてしまった感情が爆発することや、限界点を突破して相手に感情をぶつけてしまうことを避けることができます。

子どもと対等になる

ステップマザーにとって、子どもが自分を受け入れてくれるかどうかはとても重要です。子どもとしても、ステップマザーを受け入れるにあたり様々な不安を抱えたはずです。そんななか私を受け入れてくれて、ステップファミリーになれたことにとても感謝しているし、とてもラッキーだったと思います。

しかしいつからか、私は「自分はリルペンに受け入れてもらっていることを感謝しなければいけない立場で、愚痴なんてこぼしてはいけない」と、感謝の気持ちで自らを縛り付けて自分の感情に蓋をしていました。

しかし、感謝をすることと、自らを縛り付けて我慢を強いることは全くの別物です。

私は、子どもと自分は対等であるべきだと考えます。確かに ステップソンに受け入れてもらえたのはとても幸運で、ありがたく嬉しいことですが、そのことにいつまでも引け目を感じる理由はありません。私もステップソンを受け入れているし、もう私は既に ステップソンの人生の主要な登場人物になっており、人生に大きな影響を与える存在です。日々を ステップソンと重ねていく中で、いつまでも「ステップマザーを”させてもらっている”」気持ちでいるのは、対等な関係を築く妨げにもなり得ると気がつきました。

最後に

結局、家族とは「徐々になっていく」ものだと思います。家族を構成する一人ひとりが、最大限に自分のハッピーを追求して良いのです。しかし、そのハッピーの実現のために家族の誰かが不利益を被るのは正しいハッピーの追求とは言えません。子どもだけがハッピーであれば良いわけではないし、夫と子どもだけがハッピーであれば良いわけではありません。一人ひとりがハッピーを追求するうえで、他の家族メンバーのハッピーを侵害してしまうこともあるでしょう。しかし、こうしたトライ&エラーを繰り返してみんながハッピーになれる塩梅を探っていく他に方法はありません。その塩梅を探る過程は、「家族になっていく」過程そのものでもあります。

ステップマザーになることは、確かに今までの生活と180度違うかもしれません。途中から子育てに参加する難しさもあります。自分が持つ「世間一般の母親」のイメージとのギャップに悩んでしまう時もあります。でも、決して「一人で我慢しなくてはいけない」ものではありません。リラックスして、時にイライラして、でもそんな自分も認めて、心地いい環境を追求しながら、少しずつ、あなたらしいステップマザーになっていきましょう。

私もドイツでトライ&エラーを繰り返している最中です。

Be yourself, be happy!!!
By Anna

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