海外生活の辛さは誰にでも吐露できるわけではない

海外生活

海外での生活って、日本にいる時は楽しそうで、おしゃれで、華やかに見えたりするものだと思います。

でも、実際に行ってみると、もちろん華やかな楽しさだけではなくて、言葉が通じないもどかしさ、勝手が違う戸惑い、文化の違いからくるコミュニケーションのすれ違いなど、日々サバイバル要素が強いのも事実。

さらに、日本で今まで仲良くしていた友人たちに悩みを相談したとしても、状況が違いすぎて共感してもらえない辛さもあります。

海外生活は意外とダークサイドもあるけれど、それを表立って誰かとシェアできる機会は限られているのが現状です。

私は1年半前にドイツに移住してきました。今回は、移住当初から現在に至るまでの間に感じた気持ちの変化を書いていきます。「今、海外生活で辛い」と思っている方に、少しでも「そうそう!」と思ってもらえれば幸いです。

移住当初:刺激ばかり

移住したての頃は、慣れない生活、新しい人間関係、勝手が全く違う日常生活のなかで「疲れ」を感じる暇すらないものです。

小さな例を挙げると、スーパーでの会計の仕方ひとつとっても日本とは違います。レストランでオーダーすることすらも真新しい体験です。

また、移住したての頃は、各種行政手続きなどで結構忙しかったりもします。

私の場合は国際結婚をしてドイツ人夫と夫の子ども(私から見るとステップソン)と家族になるために渡独したため、結婚生活(=人生において久しぶりの他人との同居)、子どもとの生活、海外生活の不便さや刺激、義家族という存在との関係構築が一気に押し寄せました。そのため、当時は気づかないうちに気を張っていたのか、全く疲れることはありませんでした。

移住半年から1年:①ストレスを見て見ぬふり

生活が落ち着いてくると、ふと自分に目を向ける余裕ができるものです。

最初の半年くらいは「子どもと暮らすってこういうことなのかな」と思い、話しかけられたり遊ぼうと誘われたらいつでも応じ、子どもが出しっぱなしにしたお皿やおもちゃ、脱ぎ散らかした服を片付ける日々でした(当時ステップソンは6歳)。自分が6歳の頃の片づけ習慣とはかなり異なる面がありましたが、「ドイツはこうなのかも…」「今までのライフスタイルを急に変えろと言われたら嫌だろうな..」と考え、移住当初は、ステップソンに対して、自分の身の周りのことに責任を持つよう促すことが出来ませんでした。

しかし、自分以外の分の家事をすることすら、かなり久しぶりの体験です。しかもそれは待ったなしに毎日続く。家事なんて最初から好きではなく「仕方なく」やっているタスクであったのに、ドイツに移住したその日から「仕方なくこなしていた家事というタスク」は今までの3倍、4倍に膨れ上がって、それがずっと続いていました。徐々に、日々の生活を送ることそのものに疲れが出てきました。

もちろん、子どもの脱ぎ散らかした服や、自由にならない自分の時間ということ以外にも原因は山ほどあります。例えば、日本では当たり前に一人で出来ていた行政手続きや銀行、郵便局などとのやり取りにいちいち夫と行かなければ不安で仕方なく感じること、気晴らしにおしゃべりできる友人が一人もいないこと、仕事を辞めてこちらに来たけれど、この先何等かの仕事に就けるのかという漠然とした不安、向上しない語学力など。

結局は、日常生活を営むことが自分一人ではままならないというストレス、自分の時間や生活が自分でコントロールできないというストレスが大きかったと思います。

その時私は、自分が毎日イライラしていることには気が付いていましたが「こんなことでイライラしちゃダメ」、「海外生活している日本人なんてたくさんいて、みんな上手くやっているのに自分は全然ダメ」「もっと頑張らなきゃ」「仕事もせず語学学校しか行っていないのに、なんで全然上達しないの」と自分の気持ちを抑えつけて、責めて、認めないで、見て見ぬふりをしました。

毎日イライラしている自分に対して「こんなの私らしくないな」と思いながらも、何とか状況を改善しようと努めていたところにコロナが到来し、社会とのつながりが一層断絶されてしまいました。

移住半年から1年:②イライラへの対処法

こんなに毎日イライラする自分に出会ったことがなかったので、何とか対処したいと考え、日本にいたときはどのようにイライラに対処していたのかを思い出してみることにしてみました。

思い返すと、イライラしたときや気分が落ち込むことがあったとき、悩みごとがあるときは友人と飲みに行ったり、趣味のバレーボールをしたり、両親や友人に電話して相談したりしていたことが多いことに気が付きました。

しかし、当時の私には、気心が知れていて深い話を躊躇なくできるような友人はドイツにはいませんでした。

日本にいた頃に仲良くしていた友人に相談したところで、状況が違いすぎるために共感してもらえないだろうし、そもそもこんな出口のない悩みを相談されても困ってしまうだろうということが容易に想像できます。

両親は私の状況を知っていて、理解を示してくれていましたが、ただでさえ海外での生活について心配しているため、弱音なんて聞かせることはできません。

日本での対処法を思い出した結果、自分は結局、人とのつながりに楽しさを見出していること、人との関係の中で自分という存在を確認していること、自分の周囲の人たちに支えられていたのだということを再確認しました。そして、思い出すことができた対処法のどれもが、コロナ禍のドイツでは実行不可能であることも同時に認識しました。

移住1年から1年半:自分らしいってなんだっけ

日本にいた頃は、宵越しでストレスを持ち越したことはほとんどありませんでした。

しかし、コロナで閉鎖的な生活を強いられ、次の日もその次の日も家族と家に缶詰めという状況が変わらないことも相まってか、「明日起きたらまたハッピーな私に戻っている」と思って眠りについても、結局朝からイライラしている日ばかりでした。

そんな日々が続いてから、「こんなにイライラしているのは私らしくない」、「こんなにネガティブなのは私らしくない」、「自分が自分じゃない」という気持ちがどんどん強くなっていきました。

そして、逆に「自分らしさ」とは何だったかを考えるため、今まで楽しかったこと、やりがいを感じていたこと、自分が自己肯定を感じていた時はどんな時だったかを思い出してみることにしました。

その結果、自分が「自分らしい」と感じていたライフスタイルは、自分で自分の時間や生活をコントロールし、お金を稼いで、大切な人達と楽しい時間を過ごすことだったという想いに行きつきました。

自己のマネジメントができていて、それが上手くいっていること、周りの大切な人達との調和がとれていることが、私が心地いいと感じる生活です。

そして、私の人生における大切なキーワードは「自立」であるということにも気づかされました。しかし、ドイツに来てからというもの、夫に物理的にも心理的にも頼らざるを得ず、「自立」していない自分を責めていたのだということに気が付きました。

「そうか、私、自立したかったんだ」と気が付いたからと言って、えいそれとすぐに自立した生活が送れるわけではありません。

コロナが少しだけ落ち着き、ステップソンの完全休校が開けて、ステップソンが再び学校に行き始めてから、少しだけ心の余裕が持てるようになり、一層、日常の至る場面で「自分を責めている自分」に気がつきました。

まずは、自分を責めることをやめ、イライラしたら自分を責める代わりに”あ、自分イライラしているな”と、まずは理屈抜きで自分のその時の気持ち、感情、考えを認めることに努めました。

ちょうどその頃、SNSを通じて在独日本人女性たちとコミュニケーションをとるようになり、また、日本にいる友人数人からも「久しぶりに話したい」と電話をもらいました。

私は以前から、誰かが進路に迷っている時に相談される機会が多くありました。今回電話をくれた日本の友人も、新たな出発に向けて動き出したいという気持ちを持っていると話してくれました。

話の中で友人は「あなたと話すと、エネルギーややる気が湧くんだよね」と言ってくれました。

その言葉を聞いたとき「あ、私って、エネルギーに満ちていて、人にもそれを供給できる存在だったんだ」と思ったのと同時に、「最近の私、エネルギーが空っぽだっただけだ。私が私じゃなくなったわけじゃない」と感じることができました。

また、在独日本人女性とコミュニケーションを深めていくと、皆日本を離れたことでキャリアが中断され、仕事に就いていないばかりか日常生活もままならないことに対して無力感を持っていることがわかりました。そうした日々の無力感の積み重ねによって、アイデンティティが揺らいでしまうという、私と同じ悩みを抱えていることも見えてきました。

現在:「ひとりじゃない」を力にする

在独日本人女性たちとのコミュニケーションのなかで「私だけじゃなかったんだ。皆同じ悩みを抱えていたんだ」と思うと同時に、「皆同じ状況であれば、この状況は私個人のせいではない」と開き直ることができました。そして、「自分を責めるのは辞めよう」「今の自分にできることをコツコツ積み上げて、自己肯定感をあげていこう」と思えるようになりました。

つまり、在独日本人女性や日本の友人たちとの関係の中で「何かしたい」と思えるまでにエネルギーが回復してきたのです。

エネルギーがない時は、「何かしたい」ではなく、「何かしなきゃ」という考えに縛られ、「でも自分には何もできない。言語もままならないのに」という思考になっていました。現地採用の仕事を探しても言語の壁に阻まれ、「仕事に就けない」という不安を抱えていました。

しかし、今は「採用してもらえないなら、自分で働く」と切り替えて考えることができます。実際に、現在はフリーランスのリサーチャー兼ライターとして仕事をしています。

フリーランスを始めることには何の障壁もリスクもないはずなのに、始める前は「会社の看板のない私には誰も仕事なんてくれないんじゃないか」と思っていました。

しかし、実際に始めてみると、最初のスタートこそ受注の実績を作るのにコツがいるものの、真摯に仕事に取り組むことで、継続した受注ができるようになりました。

まずはスタートしてみることで、次の課題やクリアするべきことが明確になります。それに向かって歩みを進めると、次の目標が見えてきます。そして、こうやって一歩一歩自らの歩みを進めていくことは確実に自分の自信につながり、エネルギーの回復にも役立つのだということを、最近は日々感じています。

さいごに

海外生活をしているだけでも既に特殊な状況であるため、周りにストレスを共有できる仲間がなかなかいないものです。加えて、コロナや夫婦関係、子どものことなどで悩みを抱えていれば、ちょっとしたことで苛立ったり、自分が自分でないような感覚に陥って、エネルギーがなくなってしまったりすることは当然です。

その時は、どうかそんな自分を責めないでください。「こんなことでイライラしちゃダメ」、「もっと辛い人はたくさんいる」なんて思わずに「あ、自分辛いんだ」、「あ、自分は今イライラしてるんだ」とあっさり認めてあげてください。海外生活をしている時点でもう十分気を張って、毎日頑張っています。それに加えて、家族を気にかけたり、仕事や語学、将来を気にかけているあなたは、もう十分立派です。

すでに息切れしている状態で坂道を駆け上がるのは非常に苦しいものです。「目の前の坂道を上る」という目標を達成するには、休憩して息を整えることが一番です。

ひょっとしたら、息を整えている休憩中に、美しい夕焼けが見られたり、親切な人に出会ったりするときめきが得られるかもしれません。息切れしながら坂道を上ろうとしている時には、余裕がなくて視界に入らなかったものたちに気が付けるかもしれません。そして、もしかしたら、休憩中に出会ったものや人が、一生の財産になるかもしれません。

自分は、一生一緒に付き合っていくパートナーです。認めずに無視したり、ヤジを飛ばしてなじったりしないで、疲れたら水を差しだし、休憩するという方法があることに気づかせてあげてくださいね。

海外生活に疲れや辛さを感じている人の気持ちが、ほんの少しでも軽くなりますように。

Be yourself, be happy!
By Anna

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